放送作家・町山広美の映画レビュー
『ハント』『沈黙の自叙伝』

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

暴力に魅了される、写し鏡の男たち

 1983年。日本なら東京ディズニーランドの開園に象徴されかねないが、韓国にとっては重苦しい時代だ。ドラマシリーズ『イカゲーム』に主演し世界的な知名度を獲得した俳優イ・ジョンジェは、母国で撮る初監督作『ハント』にその時代を選択した。
 さらには史実を描くのではなく、当時の状況に着想を得てのフィクション。彼に興味を持ったばかりの世界の観客に、韓国の現代史についての知識を期待することになりかねない。実際そうなってもいる。だが緊張を途切れさせない展開でぐいぐい引っ張って、「詳しくは後で調べればいいや」とも思わせてくれる。
 ワシントンを訪問した韓国大統領の暗殺が発覚する冒頭で、主人公二人の対立が明示される。ともに国家安全企画部(旧K C I A)の要職にあって、イ・ジョンジェ演じるパク次長は海外チームの担当、国内チームのキム次長とはライバルであり、因縁も深い。そんな二人に、組織内に潜むスパイを洗い出せと命令が。双方が相手を怪しむ。スパイはどっちだ。
 双方が仕掛ける策略に混乱させられ、豪華なカメオ出演や当時の東京の再現に驚き楽しみつつも、繰り返される暴力、拷問に不快感が増していく。どちらが北朝鮮のスパイだろうが、どちらが韓国という国家に奉仕する公務員だろうが、やってることは同じ暴力の行使じゃないか。どちらかがスパイとして無実だとしても、たとえ目指す社会の理想がどれほど高邁だろうと、そのためにどれほどの苦難を経たとしても。暴力は許容されてよいのか。
 登場人物でもある当時の大統領は、全チョン・ドゥファン斗煥。軍司令官として、民主化を訴える市民を武力鎮圧し多くの死傷者を出した「光州事件」を指揮し、その後も謝罪はない。1983年には、現ミャンマーで暗殺未遂があったのも事実。暴力を独占する国家権力、対抗する暴力。いくつもの写し鏡が、この映画には仕掛けられている。
 『沈黙の自叙伝』は、20世紀に日本による占領と軍事独裁を経験し、今世紀には急激な経済的発展が進行しているもうひとつの国、インドネシアの映画だ。国の人口はもうすぐ3億、98年に独裁政権が瓦解して映画を縛る規制もゆるんだとか。
 田舎町で、豪邸の留守番をしていた青年ラキブ。家主である退役軍人のプルナが、県知事選挙に出馬するため戻ってくる。従属を強いる傲慢さに戸惑うものの、評価される心地よさに抗えず、憧れを持ち始め、忠誠を誇り、プルナを模倣して威を借りるようにさえ。しかし選挙のポスターが破られ、その犯人探しを命じられたラキブは、闇にからめとられていく。
 光と影の演出はジャワの伝統芸能である影絵を、ラキブを演じる俳優の目の雄弁さはやはり目の動きが特徴的なインドネシア舞踊を想起させる。寓話的といえばそうだが、その寓話がとる距離感がまた独特だ。
 暴力を行使するプルナにラキブは強さを見、父親的存在を感じ、その権威のうちに抱かれてしまう。忠誠の喜びに震えてしまう。暴力をひとたび否定しても、権威に託すことそのものに疑いが持てなければ、また別の暴力を招き入れるだけだ。マクバル・ムバラク監督は、長い独裁の後の空白に戸惑っているように見える、インドネシアという国の自叙伝をこの映画に綴ったのだと語る。
 だが、それは国を限らない問題でもあるはずだ。暴力と権力について問う2本の映画では、男たちが忠誠を問われる場面がある。忠誠心が尊いものに見え、軍隊のように忠誠に貫かれた組織は美しく見えてしまう。では、尊さや美を感じるのはそもそもなぜか。そこから疑い、組み直さなくてはいけない時が、迫っていると思う。

『ハント』

2022年 韓国 125分 PG12 監督・脚本:イ・ジョンジェ 出演:イ・ジョンジェ、チョン・ウソン、チョン・ヘジン、ホ・ソンテ 9月29日(金)全国順次公開

© 2022 MEGABOXJOONGANG PLUS M, ARTIST STUDIO & SANAI PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED.

『沈黙の自叙伝』

22年 インドネシア・ポーランド・ドイツ・シンガポール・フランス・フィリピン・カタール合作 115分 監督:マクバル・ムバラク 出演:ケビン・アルディロワ、アースウェンディ・ベニング・サワラ 9月16日(土)全国公開

©2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film, Cinematografica, NiKo Film

文=町山広美

放送作家。「有吉ゼミ」「マツコの知らない 世界」「MUSIC STATION」「あざとくて何 が悪いの? 」を担当。下北沢一番商店街の 書店「BSEアーカイブ」店主

イラスト=小迎裕美子

※InRed2023年10月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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