放送作家・町山広美の映画レビュー
『オオカミの家』『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

かえられるこころ
かえられるからだ

 AIが書くテキストの品質が落ち始めたのは、ネット上にあふれるAIがつくったテキストからも学習してしまっているからだ。という最近見かけた指摘は、とても興味深い。
 つまりは、AIの共食い。狂牛病に罹った牛の肉骨粉をエサとして与えられた牛たちに、狂牛病の感染が広がっていったように、AIも脳をやられてしまうのかもしれない。
 この怪談もしくは現実は、『オオカミの家』を見るガイドになる。でもそれは2回目の来訪でいいのかも。まずは手ぶらでこの奇妙な家に迷い込んで、頭の中をひっかき回されるのがいい。そこらのアトラクションをはるかに上回る異常体験。いろんな境界が溶ける溶ける。画面に吸い込まれて、自分の身体や意識の輪郭もぐしゃぐしゃに。腕は紙製になり、顔は壁の一部に。
 映画は、自己PRから始まる。今からご覧いただく映像は、我々の素晴らしく誇らしい共同体の中で作られ、後に発見されたもので、実際に起きた出来事についての我々への的外れな疑惑を晴らしますよ、さあご覧あれと。
 実際には、そんな映像は発見されも作られもしていない。けれど、共同体は実在した。コロニア・ディグニタ、直訳すれば、尊厳の共同体。戦後のドイツでキリスト教の一派として信者を集めたカリスマ指導者が、大地震で消耗していた南米チリにたどりつき、母国から信者を大量に呼び寄せた。私欲を手放し厳格な規律を守る信者は、農業などの労働に励み、楽園のごとき共同体を完成させる。
 監督コンビは、その指導者になり代わったテイで、このコマ撮りアニメを作った。共同体を脱走してしまった愚かな女の子マリアが、森の一軒家に迷い込み、どんな体験をするのか。
 できあがったのは、都合のいい教訓がベタベタと張り付いた童話、歪んだ教育に育てられた子どもが見る出口のない悪夢。マリアは一緒に暮らす子ブタたちを支配し、凌辱する。そういう「世話」しかされてこなかったからだ。心の望むままに暮らしたいと思ったはずなのに、心のかたちがすでに矯正され自由に膨らまない。
 コロニアの指導者は、男女そして親子を別々に生活させた。セックスから遠ざけ、自身は男の子たちに性的虐待を繰り返していた。ドイツを追われたのも、その犯罪行為が告発されたから。ナチス党員という過去に由来するおぞましい技能や人脈によってチリの独裁政権と結託し、反対派への拷問や処刑を請け負ってもいた。
 マリアたちはコマによって、人形になったり絵になったり、目まぐるしく変容する。集団のために作られ、自己を確立できないから輪郭を保てない。指導者というオオカミの家から、認識の檻から出られない家畜。
 映像の表現は独創的で多層的だが、この映画で語られることは遠い、ありえない話ではないはずだ。「社畜」なんて自称が珍しくもない社会に、私たちは所属しているのだから。
 コロニアのような共同体や教団は、信者たちを「混乱し堕落した現代社会」から守ってるんだと主張するのが常だ。
 一方、そんな混乱や堕落に人々が順応しすぎた未来を描くのが、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』だ。人体とテクノロジーの過剰融合という、デヴィッド・クローネンバーグ監督お得意のお題を、豪華キャスティングで麗しくも激エロティックに描く。
 整形のダウンタイムを公開するのが当たり前の今、人体改造の加速も自己表現の行きすぎた拡大もすぐ明日の出来事。変容はもう止まらない。
 AIがAIを模倣するなら、人間が機械を模倣する日も近い。自分の心と身体をどこへ持っていくのか。手放さないことなんて、可能なのか。答えに窮する問いは続く。

『オオカミの家』

2018年 チリ 74分 監督:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ 出演:アマリア・カッサイ、ライナー・クラウゼ 8月19日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次公開

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

22年 カナダ・ギリシャ 108分 PG12 監督・脚本:デヴィッド・クローネンバーグ 出演:ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート 8月18日(金) 新宿バルト9ほか全国公開

文=町山広美

放送作家。「有吉ゼミ」「マツコの知らない 世界」「MUSIC STATION」「あざとくて何 が悪いの? 」を担当。下北沢一番商店街の 書店「BSEアーカイブ」店主

イラスト=小迎裕美子

※InRed2023年8月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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