『ザ・ヒューマンズ ─人間たち』演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんの一押しステージ情報!

執筆者:伊達なつめ

シリーズ「光景 ─ここから先へと─」Vol.2 『ザ・ヒューマンズ ─人間たち』

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演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、『ザ・ヒューマンズ ─人間たち』をピックアップ。


ホラー? コメディ? 異色の家族ドラマ

 一読すると、さりげない会話や行動のなかで、6人家族一人一人が抱える不安を浮かび上がらせる緻密な会話劇。でも実は、それだけではない。もっとずっと大きく深く恐ろしい「何か」の存在にさらされている21世紀を生きる人間たち(The Humans)を描いていることが、三次元の舞台空間に立ち現れてみて初めてわかる作品だ。

 父のエリック・ブレイクは、リタイアも近い実直な私立高の設備課長。母のディアドラは、敬虔なクリスチャンでよき妻よき母を堅持することを疑わない。長女のエイミーは、法律事務所のエース弁護士だったが、病気の悪化による解雇の危機に失恋が重なり現在絶不調。次女のブリジットは、アーティストを目指しバイト中でボーイフレンドと同棲中という、生活も仕事もまだ不安定な20代。そのボーイフレンドのリチャードは大学院生で、とても繊細かつ穏やかでブレイク家の人々を和ませるが、うつ病治療の過去を持つ。エリックの母モモは、認知症の症状が日増しに進む79歳。つねに意味不明のことを口走っているが、時にドキッとさせる真実の言葉を発して不穏さを漲らせる。

 物語は、次女のブリジットとリチャードが引っ越したばかりの、マンハッタンのチャイナタウンにある古いメゾネット式アパートが舞台。増築や改装を重ねているのか、窓や出入り口の位置や生活動線がかなり特殊で、全体に薄暗く不気味さが漂う物件だ。ここにアメリカ中西部のストベルト地域に住む父母と祖母が訪ねてきて、長女エイミーも合流。久々に家族が揃って、ひととき紙コップと紙皿による引越祝い兼感謝祭の宴が催される。他愛のない表層的な会話もあれば、家族ならではの容赦ないツッコミも飛び出すなかで、父エリックは終始窓から見下ろす人が気になってしかたがなく、アパート階上の住人が出す物音にも過敏に反応する。母ディアドラも、最初は冷静にしているものの、徐々にこの部屋で生じるさまざまな違和――階上の音やパイプを流れる下水の音、照明の不具合や停電、そしてゴキブリの出現!――にビクつき始める。

 こうした一連の出来事は、言ってみれば日常生活でいくらでも起こり得ること(日本が舞台だったらきっと地震も出てきたと思う)なのに、ホーンテッドマンション的効果が抜群で、観客の肝も冷やす勢い。同時に、登場人物たちの抱える過去のトラウマや先行きへの不安、崩壊への予兆といったものと密接に関連していることが、ジワジワと体感できる役割も果たしている。非常にリアルな21世紀のいまを切り取った家庭劇であると同時に、心の奥底の恐怖心を煽るホラーの要素を持つユニークな舞台劇なのだ。

 2015年オフブロードウェイで初演され、翌16年にはブロードウェイに移って、トニー賞では演劇部門の最優秀作品賞を受賞するなど、大きな話題を呼んだ佳品の日本初演。ナチュラルで良質な現代アメリカ演劇の新潮流を味わいに行くのもよし。怖いもの好きのカタルシスを満たしに行くのも、またよし。

シリーズ「光景 ─ここから先へと─」Vol.2 『ザ・ヒューマンズ ─人間たち』

シリーズ「光景 ─ここから先へと─」Vol.2
『ザ・ヒューマンズ ─人間たち』
作=スティーヴン・キャラム 翻訳=広田敦郎 
演出=桑原裕子 
出演=山崎静代、青山美郷、細川 岳、稲川実代子、増子倭文江、平田 満
新国立劇場 小劇場 6月12日(木)~29日(日) 
※愛知、大阪公演あり
(問)新国立劇場ボックスオフィス ☎03-5352-9999

文=伊達なつめ

※InRed2025年7月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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この記事を書いた人

演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカルなど、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、多数の雑誌・webメディアに寄稿。

X:@NatsumeDate
Website:http://stagecalendarcv19.com

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