『リア王の悲劇』演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんの一押しステージ情報!
執筆者:伊達なつめ
演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、『リア王の悲劇』をピックアップ。
鋭い人間観察が光るシェイクスピア作品
老後に備えてお金を貯め込まず、使い切って死ぬことを目指す。『DIE WITH ZERO(ゼロで死ね。)』という自己啓発系の同名書から派生した考え方が、いま高齢者はもちろん、若年層の関心をも呼んでいるそうだ。老後の不安に駆られて貯蓄にいそしむより、元気なうちに思い出づくりに費やした方が幸福、という発想は、戦争・天災・疫病続きで先が見えない現代社会にあっては、確かにかなりの説得力がある。が、このブームを取り上げた朝日新聞の連載記事の中には、ゼロで死ぬために娘に不動産を生前贈与したら、娘に裏切られて老後資金が足りなくなった――という老夫婦の体験談が出ていて戦慄した。財産を譲った途端に、実の娘が豹変して親を棄てる。まさしくリアル『リア王の悲劇』!
シェイクスピアの『リア王』では、国政から退く決意をした老王が、3人の娘に王国の領地を分割譲与するにあたり、父への愛情の大きさに応じて取り分を按配してやる、と言い出すところから悲劇が始まる。まず、血を分けた娘たちの自分への愛情を、眼前ににんじんをぶら下げて測ろうとするリアの神経がおぞましい。さらに、臆面もなく父におべんちゃらが言える長女ゴネリルと次女リーガンの態度を、何の疑いも抱かずにまんま受け入れて喜ぶのも単細胞だし、姉たちのふるまいとは真逆に、慎みをもって無言を貫く三女コーディーリアの態度から、自分への真実の深い愛を感じ取れないのがまた、父として絶望的に愚かしい。果たして、引退後は1カ月ずつ長女と次女のもとを行き来して世話になるつもりでいたリアは、いずれの娘宅でもモラ&パワハラ全開モードのふるまいでひんしゅくを買い、双方から追い出されてしまう。つまり、ゴネリルとリーガンが欲に駆られた親不孝姉妹である側面は否定できないものの、老醜さらし放題の父にも重大な落ち度があるわけで、むしろリアの身から出た錆が招いた悲劇になっているところが、さすが人間観察に秀でたシェイクスピアだ。
長女ゴネリルと次女リーガンについては、それぞれの夫との愛憎や姉妹どうしの微妙な関係も複雑な影を落としているし、三女のコーディーリアに至っては、まるで天使のように善意しかなく父を愛しているのに、その父のせいで酷いとばっちりを受ける人生。“リア王の悲劇”とはリアが被る悲劇というより、リアがもたらす悲劇なのだなと、つい娘たちの立場で見てしまう。となると新聞に出てきた娘の裏切り行為も、もしかしたら親の態度が招いた結果なのかも、などと勝手な妄想が膨らむ。「ゼロで死ぬ」生き方には、大いに惹かれるところだけれど。
作=W.シェイクスピア 翻訳=河合祥一郎(『新訳 リア王の悲劇』(角川文庫)) 演出=藤田俊太郎
出演=木場勝己/水 夏希、森尾 舞、土井ケイト、石母田史朗、章平、原田真絢、新川將人、二反田雅澄、塚本幸男/伊原剛志 他
9月16日(月・祝)~10月3日(木) KAAT神奈川芸術劇場〈ホール内特設会場〉
(問)チケットかながわ TEL:0570-015-415
文=伊達なつめ
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この記事を書いた人
演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカルなど、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、多数の雑誌・webメディアに寄稿。
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