放送作家・町山広美の映画レビュー
『ヨーロッパ新世紀』『パトリシア・ハイスミスに恋して』
執筆者:InRed編集部
InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。
排他性と可能性の反比例について
世界のほとんどの人が吸血鬼伝説発祥の地と記憶している、トランシルヴァニアが『ヨーロッパ新世紀』の舞台だ。伝説は小説に由来し、モチーフにされたのは当地を治める君主、地元の言い伝えでは巨大なオスマン帝国の侵略に血みどろの徹底抗戦をしたという。
トランシルヴァニアはその後ハンガリーの領土になり、ここ百年はルーマニアの一地方に。今は産業のない貧しい田舎だ。複雑な歴史は過去として去らず、複雑な民族構成という現在の火種そのもの。支配層に多いと言われるハンガリー系、ナチスの政策に起因するドイツ系の移民、国を持たない少数民族などが暮らしていて、多言語の社会だ。日本での上映はルーマニア語とハンガリー語、それ以外が字幕で色分けされた。
脚本・監督クリスティアン・ムンジウは、この厄介な現状を描く。原題 「R.M.N.」はMRI検査の基礎となる技術で、磁気の共鳴を利用して人体内の情報を画像にするが、その手法を社会に用いてみせた。どうなっているのか、を見せる。あっちでもこっちでも軋轢が起きていること。つまびらかにすればするほど、それがトランシルヴァニア固有の要因ではなく、ヨーロッパ全体と、さらには人間の歴史と共鳴しての現象だとわかってくる。自然を克服し、侵略に応戦してきたが、現在は経済システムが平穏に襲いかかる。
監督がもうひとつ用意した手法は、コメディだ。パン工場が外国人労働者を招き入れたことが村の混乱の発火点になるが、住民それぞれが誰を敵と見なすか、そのすれ違いはとても恐ろしい。しかし滑稽でもある。相手に投げた鍋が別の人に当たって二人からも鍋からも追っかけられる、そんな昔のアニメやサイレント映画のしょうもないドタバタを、言葉でやり合うような。村の討論を見守るうち、SNSが主戦場になってからの多くの議論が同じ滑稽さを呈していることにも思いが気づかされる。この映画はこっそりコメディをやっているので、実はオチも用意されている。とんでもなく複雑な人間社会の惨状を描いておきながら、そこへ至る監督の豪胆に恐れ入った。
昔の英雄をバケモノとして広く記憶させてしまったのも物語の力だが、住民たちがよそ者や他の民族を攻撃するために持ち出す過去も悪い未来予測も、噂話という物語。そして主人公の男は、家父長制という死んだ物語に頼るピエロのよう。だからこの映画は物語を語ることを避けて出来事を散在させるが、にもかかわらず情緒は豊かだ。恋人の逢瀬に響くのは、鈴木清順監督の『夢二』からウォン・カーウァイ監督の『花様年華』に引き継がれた、甘苦いワルツ。ラストにも流れるこの曲に誘われ、主人公が「男は強く」の物語から解放される未来を幻視した。
『パトリシア・ハイスミスに恋して』は、『キャロル』『太陽がいっぱい』など名作映画の原作者として知られる小説家についての初めてのドキュメンタリーだ。個人的には、容赦なく現実を突きつける人生に対して、人がどれほど無力かを見据えた短編を愛読してきた。
近年公開された手記、そして恋人だった女性たちの証言などから構成され、少女時代と作家デビュー後の暮らしぶりと心のうちを探る内容だ。人の心を見抜けること、そこから読み取れた可能性から程よく目を逸らすこと。後者の能力の欠如は物語の作り手としてパトリシアを生かし、人として苦しめたと思う。
この映画では後年、生地テキサスや育ててくれた祖母の、保守的で排他的な価値観に帰還し、人種差別的な発言が多くなったことも明かされる。
未来を見なくなって、または見ることができなくなって、排他性を強める。人も、人が集まってできる社会も同じ道を辿る。
『ヨーロッパ新世紀』
2022年 ルーマニア・フランス・ベルギー合作 127分 監督・脚本:クリスティアン・ムンジウ 出演:マリン・グリゴーレ、エディット・スターテ、マクリーナ・バルラデアヌ 公開中
© Mobra Films-Why Not Productions-FilmGate Films-Film I Vest-France 3 Cinema 2022
『パトリシア・ハイスミスに恋して』
22年 スイス・ドイツ合作 88分 監督:エバ・ビティヤ 出演:マリジェーン・ミーカー、モニーク・ビュフェ、タベア・ブルーメンシャイン 11月3日(金・祝)新宿シネマカリテほか全国順次公開
©CourtesyFamilyArchives
文=町山広美
放送作家。「有吉ゼミ」「マツコの知らない 世界」「MUSIC STATION」「あざとくて何 が悪いの? 」を担当。下北沢一番商店街の 書店「BSEアーカイブ」店主
イラスト=小迎裕美子
※InRed2023年10月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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この記事を書いた人
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