『マスタークラス』演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんの一押しステージ情報!
執筆者:伊達なつめ
演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、『マスタークラス』をピックアップ。
芸術に生きたカラスの真実の姿を刮目せよ
20世紀を代表するオペラ界最高のディーヴァといえば、マリア・カラス(1923-77)。音域の広い美声と技巧はもとより、圧倒的な表現力で悲劇のヒロインを演じ切り、見る/聴く者の魂までをもつかんで放さない、空前絶後の名ソプラノだった。
貧しいギリシャ移民の子として生まれ、夫となった年の離れたオペラ愛好家の実業家によって才能を磨かれ、ダイエットにも努めて劇的イメージチェンジを遂げスターとなり、やがて離婚。その原因のひとつでもあった奔放な大富豪オナシスとの不倫関係に終生心を痛め続け、声の不調にも苦しんだ。人生そのものも実にドラマティックで、オペラ・ファン以外にもその存在は広く知れ渡っている。
『マスタークラス』は、ニューヨークのジュリアード音楽院で行われた晩年のカラスによるマスタークラス(公開レッスン)を見ていた劇作家のテレンス・マクナリーが、約20年後にその設定や講義録を生かして書いた戯曲。
舞台でピアノと伴奏者が待機していると、ハイブランドに身を包んだカラスが入って来る。往年の大プリマのオーラに、思わず見学者(=客席にいる観客)から拍手が起こると、「拍手はやめて。レッスンなんですから」とさっそく客に対するダメ出し。以後、レッスンを受けるソプラノやテノールの若い歌手たちの一挙手一投足から、伴奏者の服装や、踏み台を持ってくる道具係に至るまで、あらゆる人物の動作やふるまいに対する、カラスの細かく厳しい指摘が続く。これらは一見、神経質な大スターのお小言ざんまいのように聞こえるのだけど、各苦言には、それが問題である根拠と、もたらされる結果が明快に示されていて、説得力に富む各自へのアドバイスになっている。ちょっとした素振りでその人の性格や習性を見抜くカラスの鋭い観察眼と分析力には、舌を巻くばかりだ。自身の過去の栄光エピソードを持ち出すことも多いが、これも自慢話の垂れ流しとは一線を画す冷徹な視点に貫かれており、芸術家が目指すべき理想と、そのための血のにじむような鍛錬について具体例を示すものとなっている。いずれも、ひと言たりとも聞き逃したくない珠玉の名言揃いで、気性の激しさでも有名だったディーヴァの、真実の姿を見る思いで胸が熱くなる。
1995年にブロードウェイで初演され大ヒットし、日本でもその直後に黒柳徹子主演で2度上演された。その際のことは、カラスに似せるため付け鼻をして登場する演出が衝撃的すぎて、ほかの記憶が霞んでしまっている。今回の新演出版で、望海風斗をしっかりと脳裏に刻み込まねば。
作=テレンス・マクナリー 翻訳=黒田絵美子 演出=森 新太郎
出演=望海風斗、池松日佳瑠、林 真悠美、有本康人、石井雅登、谷本喜基
3月14日(金)~23日(日) 世田谷パブリックシアター ※長野、愛知、大阪公演あり
(問)ワタナベエンターテインメント TEL:03-5410-1885
文=伊達なつめ
※InRed2025年4月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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この記事を書いた人
演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカルなど、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、多数の雑誌・webメディアに寄稿。
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