【1月公開映画】放送作家・町山広美の映画レビュー
『おんどりの鳴く前に』、『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』

 『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は、イリエを磨耗させた浮世のえげつない営みに、積極的に寄り添うことで肥大していく青年のお話だ。70年代から80年代のニューヨーク、トランプの20代から30代を描く。 父親が所有するアパートの、家賃の取立てに走らされていた頃。入居審査での黒人差別が告発され、家業の不動産会社は危機に陥っていた。トランプは、ある男に助けを求める。 

 悪名高き弁護士ロイ・コーン。検事として赤狩り、共産主義者の排除に剛腕をふるい、その後は政界やマフィアの背後で暗躍、盗聴や恐喝など悪辣な手段で勝利を得てきた。ハンサムを自認するトランプは、この冷酷な男に寵愛されるようになる。 

 「アプレンティス」は、トランプを国民的有名人に押し上げ儲けさせたテレビ番組のタイトルでもあるが、見習いを意味する。この映画は、彼とロイの師弟関係を軸に描く。
 
 徹底的に攻撃し、絶対に非を認めず、絶対に負けを認めなければ、勝つ。「真実」は人それぞれ、どうにでも曲げられる。そんな必勝の3大ルールをロイから学んでいくトランプの描き方には、ボクサーの成長譚やマフィアの出世物語の興奮が仕掛けられている。 

 トランプは、強権的な父親との精神的対決や克服を、ロイというもう一人の父親を得ることで逃れる。すり替えたのだ。ロイは、自分の最大の顧客はアメリカだと言う。顧客のため手段を選ばず便宜を図り、顧客から相応の報酬を得る。それが彼にとっての「愛国」だ。ここにも奇妙なすり替えがある。 

 すり替え、借り物。それがこの映画が指摘する、トランプの真骨頂だ。もっと大きくもっと高くの欲望だけがあり、アイデアは他人から拝借し、言葉の意味や真実をすり替える。そして勝つために敵をつくり、敗者をつくる。 

 イランに生まれデンマークで学んだアリ・アッバシ監督は、必勝のルールを「アメリカの外交政策と同じだ」とぐさりと刺す。さらにロイに「リベラルの奴らがやりたいのは我々から金を奪い、福祉と称して怠けものにばら撒くこと」と言わせる。それは今回の大統領選を決定づけた、多数派の総意そのもの。これはトランプを批判する映画ではない。トランプはアメリカを見て習うアプレンティスであり、なるべくして大統領になったのだ。

『おんどりの鳴く前に』

22年 ルーマニア・ブルガリア 106分 監督:パウル・ネゴエスク  出演:ユリアン・ポステルニク、ヴァシレ・ムラル、アンゲル・ダミアン、クリナ・セムチウク 他 1/24(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、京都シネマほか全国順次公開

© 2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production

オフィシャルサイト

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』

24年 アメリカ 123分 監督:アリ・アッバシ 出演:セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング、マリア・バカローヴァ、マーティン・ドノヴァン他 1/17(金)よりTOHOシネマズ日比谷他にて全国順次公開

© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

オフィシャルサイト

文=町山広美

放送作家。「有吉ゼミ」「マツコの知らない世界」「まさかの1丁目1番地」を担当。江東区森下の書店「BSEアーカイブ」店主。

イラスト=小迎裕美子

※InRed2024年1・2月合併号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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