【10月公開映画】放送作家・町山広美の映画レビュー
「映画作家 ジャンヌ・モロー」『リュミエール』、『ジョイランド わたしの願い』
InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。
欲しいものの逃げ足は速く、失うのはたやすい
たるんだ肌の女が、口説き落とした年下の男にホテルの一室で「愛し合う元気がない」とかわされ、猛然と怒る。堂々と求める。惨めさなんぞ真っ赤な爪の先ほどもない。
演じるジャンヌ・モローは、ネットで名前を叩けば恋愛や女の人生についての名言が山ほど出てくる人だが、初めて脚本と演出に挑む映画で自分にこんな演技をさせたなんて。かっこいいという言葉では追いつかない。
『リュミエール』は、製作から50年弱を経ての日本初公開。当時40代、俳優として実力も知名度も十分で、への字の唇でタバコを咥える姿は世界の映画ファンに周知されていても、初監督作は本国フランス以外であまり多く上映されてこなかった。
緑豊かな別荘で、休暇を楽しみ笑い合う女たち。功労賞にも輝いた、いわゆる大女優のサラと、その友人だ。結婚して女優を引退したラウラは同世代、他の二人は若い。それぞれの苦悩を経て、この穏やかな夏がある。1年前の出来事がめくられていく。
モローの分身ともいえるサラは、年若い監督に熱愛される一方、ドイツ人作家に猛アプローチの最中だ。30代のジュリエンヌは、恋愛にも俳優業にも野心をたぎらせている。まだ新人のキャロリーヌは恋人と同棲中だが、無力感を植え付け束縛してくる彼と喧嘩、「あなたは私の夢を蔑んでばかり」と泣く日々。そんな二人もまた、モローの若き日であり、分身かもしれない。
サラは親友のラウラによく抱きつき、相手の持ち物を「これちょーだい」する。長い付き合いの女同士、自分と違う生き方を尊重し合いつつ、子どもっぽい仲良しぶりを楽しむ感じ。また同年代の男性との、恋人でも友達でもあるような、長く信頼を重ねながらも、距離を保ってきた絆。こうしたサラの人間関係のありようは、昨今の傾向を軽々と先んじていた。
「光」というタイトルは、スタジオやステージの照明を意味するが、モローもサラもその中で生きると定めた。自分が欲しいものは何か、生涯を一貫して目を逸らさなかった。それゆえ失ったものからも。業界の裏側、「女優」の生態を覗き見させるテイをとって、これは魂の孤独について考察をめぐらせる映画だ。