『ピローマン』演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんの一押しステージ情報!

執筆者:伊達なつめ

『ピローマン』

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演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、『ピローマン』をピックアップ。


現実の苦しみが紡ぎ出す、悪夢のファンタジー

 ピローマンと聞くと、反射的に思い出してしまうのが、スノーマン。アイドルグループではなくて、レイモンド・ブリッグスの絵本に出てくる、動き出して少年と遊ぶ雪だるまの方だ。そのアニメ版では、スノーマンが少年を誘って雪空を飛びまわる場面で『ウォーキング・イン・ジ・エア』というボーイ・ソプラノの歌が流れる。世界的に大ヒットしたこの曲は、自由で雄大なスケール感のある見どころに使われているのに、なぜかやたらともの悲しいメロディで、最後には溶けてしまうスノーマンの運命と相まって、とても切ない物語として、記憶に刻印されている。

 ピローマンも、身を投げ打って子どもたちに寄り添う、優しい存在だ。身長は3メートルくらいあり、全身はふわふわしたピンク色の枕(=ピロー)。腕も脚も指も歯も大小の枕でできていて、顔にはボタンを縫い付けた二つの目と、いつも笑っている一つの口がついている。このピローマンがやって来るのは、人が自殺をしようとする瞬間で、例えばカミソリを手にした人の傍らに現れ、優しく抱きしめ「ちょっと待っててね」と言うと、その人の子ども時代にまで時間を遡らせる。そうして、まだ死にたくなるような人生のつらさを経験する前の少年少女時代にその人を戻して、苦悩を知る前に自殺させてあげる。つまり、子ども自身に命を絶たせるのが、ピローマンの仕事なのだ。

 ゆるキャラ系のほっこりストーリーかと思いきや、血の気が引くような戦慄の展開。これを書いたのはカトゥリアンという若者で、彼はこうした、子どもが残虐な死に方をする寓話をいくつも書いていて、その物語通りの死に方をした子どもの連続殺人事件が起こったことで、警察に疑われ尋問を受けている。隣の取調室からは、カトゥリアンの兄ミハエルの、拷問を受けているかのような叫び声が聞こえてくる……。

 凄惨な描写や、乱暴者の目も当てられない言動は、『スリー・ビルボード』などで映画監督としての評価も高いマーティン・マクドナー作品には欠かせない要素。初演は2003年ロンドンで、日本でも2004年以降、何度も上演されている人気作だ。出てくる暴れん坊たちはどこか不憫で不器用で、深い絶望を抱えており、カトゥリアンにも、こうして空想の世界に逃避するしかない、長きにわたる家庭内での苦しみがあったことが、次第にわかってくる。

 そういえば、カトゥリアンが創った物語の中のピローマンも、最後は自ら溶けてゆく。彼もきっと、スノーマンの話が好きだったのだと思う。

『ピローマン』

新国立劇場 2024/2025シーズン 演劇
『ピローマン』

作=マーティン ・マクドナー 翻訳・演出=小川絵梨子
出演=成河、木村 了、斉藤直樹、松田慎也、大滝 寛、那須佐代子
10月8日(火)~27日(日) 新国立劇場 小劇場
(問)新国立劇場ボックスオフィス TEL:03-5352-9999

文=伊達なつめ

※InRed2024年11月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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この記事を書いた人

演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカルなど、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、多数の雑誌・webメディアに寄稿。

Twitter:@NatsumeDate
Website:http://stagecalendarcv19.com

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