【9月公開映画】放送作家・町山広美の映画レビュー
『ナミビアの砂漠』『ヒューマン・ポジション』

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

自分の欲望と感情から
目を離さないその強さ

河合優実をたくさん見たくて『ナミビアの砂漠』を見た。 

 タイトルが想起させるのはアフリカ南部、世界最古とされる広大な砂漠、その水飲み場を映し続けるライブ中継チャンネルだ。ネットで話題になり、動物が水を飲みに来たり来なかったりするのを私も何度か眺めた。おのれの矮小な日常と同じ時間に同じ地球で、人の営みとは無関係の異世界が存在していると無邪気に心緩ませた。カメラも照明も設置されてるし、水飲み場も人が作ったものだが、見られていることに砂漠の動物たちが無関心であることだけは、確か。 

 他人の視線を意識しろと教え込むのが、日本の社会だ。どう感じるかよりも、どう振る舞うかを先に学んでしまう。社会に振り付けされ、振り付け通りに振る舞い、例えば深刻そうに振る舞ううち、そんなような感情があることを自分の中に確認して、自分は深刻に感じてるんだと納得する。 

 けれどもカナは、振り付けされた通りに動かない。冒頭の場面でそのことがわかって、この役なら見たい河合優実が見られるぞとワクワクした。そして、振り付けをなぞれなくて居心地悪い、気が散るありようを音で形づくってみせる山中瑶子監督に、さっそくの信頼を置いた。 

 カナには同棲中の恋人がいる。寛容で優しい、家事もやってくれる、収入もそこそこ。成人男性として、社会の要請をすべて実現している。言い換えると、自分にわく欲望と振り付けの見分けがつかない、飼いならされた男。カナには最近、別の男ができた。そして、乗り換えたいと思ってる。 職場は脱毛エステ。他人の視線を意識することがそのまま購買意欲につながる仕組み、世の商売は今やほとんどがそういう仕組みだ。何も売らずに生活できたらいいのに。 

 カナを動かすのは、自分の感情や欲望。当たり前を言ったようだが、現実には異常なことだ。みんなが共有する振り付けをなぞるのが、この社会の正しいメンバーの在り方。でもカナはやりたいようにやる。やりたいようにやれなかったら、暴れる! 

 ある時から日本映画の多くは実社会以上に、若い女性を振り付けのうちに閉じ込めてきた。健気に耐えるとか、犠牲になって体を売るとか、映画をつくるおじさんの欲望と幻想のままに。 

 97年生まれの山中監督と、そのデビュー作『あみこ』を見て、彼女の映画へ出演を熱望した河合優実。20代の女ふたりがこの映画で実現したのは、自分の欲望で好き勝手する女。ひどいぞ、もっとやれ!と笑いそうになりながら見守ってしまった。
 自分を掴みあぐねるカナを、少しだけ救うのは意外な女性。映画の虚構が現実を照射する、大胆な企みだ。

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