PARCO劇場開場 50周年記念シリーズ『桜の園』演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんの一押しステージ情報!
演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、PARCO劇場開場 50周年記念シリーズ『桜の園』をピックアップ。
古典作品の本質に迫る、ホームズ演出に期待!
「船底にくっついているフジツボを剝がすようにして、作品のエッセンスを抜き出す工夫を検討中です」
一瞬「フジツボって何だっけ」と思いながら、英国の演出家ショーン・ホームズの話を聞いたのは、彼が演出を手がけ、ショッキングな結末や主演の段田安則の素晴らしさで大きな話題となった、昨年の『セールスマンの死』上演の前だった。フジツボは、よく船の底や側面、海岸の岩場などにこびりついている、石灰質の貝殻のかたまりみたいなやつだ。ビッシリと船舶の外周に付着すると、船の原形がわからなくなるほど見かけが変質し、操縦にも支障をきたすようになるという。ホームズが言いたかったのは、これまで上演が繰り返され、妙にイメージが凝り固まってしまっている『セールスマンの死』のような〝不朽の名作〟を上演する際には、フジツボのようにゴツゴツとこびりついた固定観念を取り除き、戯曲本来の姿を見いだすことが肝要になる、ということだと思う。
今回、彼が一年ぶりに日本で手がけるチェーホフの『桜の園』についても、同じことがいえる。『セールスマンの死』より古典化していて上演頻度も高いから、さらに手強いフジツボとの格闘になるかもしれない。
『桜の園』は、さくらんぼの果樹園を含めた土地の地主だったラネーフスカヤ夫人が、パリで愛人に貢いでボロボロになってロシアに戻ってきたものの、領地を維持する経済力はすでになく、農奴出身のやり手ビジネスマンのロパーヒンに土地運用のアドバイスを受けるが、その手のことに興味がないため結局ロパーヒンに土地を買い取られてしまい、失意の内に一族離散する、というのが大筋。背景には、貴族や地主といった特権階級が没落し、農奴解放で力を得た庶民による新興勢力が台頭した、1904年初演当時のロシアの不安定な社会状況がある。変化を受け入れられず落ちぶれてゆくだけの旧世代と、未来志向の新世代。が、後者により美しい自然は伐採され、功利優先による環境破壊が進んでゆく……。ラネーフスカヤ=旧、ロパーヒン=新、切り倒される桜の木=自然破壊と、それぞれが象徴的な存在なのだけど、表面的には、これといった大きな事件は起こらない。実にさまざまな登場人物が入り乱れては、とりとめのない話をしてその場を去るだけなので、「?」のまま終わってしまう危険性をはらむ。フジツボを取り除いて作品の本質に迫るホームズ演出によって、『セールスマンの死』の時のように、リアルかつ目からウロコのヴィヴィッドな『桜の園』を見せてほしい。
作=アントン・チェーホフ 英語版=サイモン・スティーヴンス 翻訳=広田敦郎 演出=ショーン・ホームズ
出演=原田美枝子、八嶋智人、成河、安藤玉恵、川島海荷、前原滉、川上友里、竪山隼太 、天野はな、永島敬三、中上サツキ、市川しんぺー/松尾貴史、村井國夫
8月7日(月)~29日(火) PARCO劇場 ※宮城、広島、愛知、大阪、高知、福岡公演あり
(問)パルコステージ TEL 03-3477-5858
文=伊達なつめ
演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカルなど、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、多数の雑誌・webメディアに寄稿。世界ステージ・カレンダーwithコロナ http://stagecalendarcv19.com
※InRed2023年8月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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