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『野田版 研辰の討たれ』

OSHI-KATSU

『野田版 研辰の討たれ』演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんの一押しステージ情報!

執筆者:伊達なつめ

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演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、『野田版 研辰の討たれ』をピックアップ。


仇討ちものにモヤる!? 現代的感覚で描く歌舞伎

 18世紀初頭に起きた、大石内蔵助をリーダーとする赤穂四十七士の仇討ち事件。主君の無念を晴らすため、21カ月の潜伏期間を経て元家臣たちが集結し、見事に敵を討った後に全員が切腹――という史実は、いかにもドラマティックで、当初から舞台や文芸によく取り上げられていた。なかでも決定打となったのが、事件からちょうど47年後の1748年に初演された人形浄瑠璃(現在の文楽)『仮名手本忠臣蔵』で、同年すぐに歌舞伎化もされ大ヒット。以後21世紀の今日に至るまで、不動の人気を誇るキラー・コンテンツとして君臨している。確かに歌舞伎でも文楽でも、長年の上演の間に演出が洗練され尽くしていることもあり、作品としての見どころは非常に多い。ただ「忠君」という思想はいまどき受け入れがたいし、江戸時代は合法だったとはいえ「仇討ち」は報復殺人なわけで、舞台上の名演に感銘をおぼえつつも、どこか割り切れないモヤモヤを抱えるのが、現代人のスタンダードな反応ではある。

 現代演劇界のトップランナーである野田秀樹は、初めて歌舞伎を手がける際に、まずこの最大のネックに正面から向き合った。もともと『研辰の討たれ』(1925年初演)は、研屋から武士に成り上がった辰次が討たれる側になり、卑怯かつ恥も誇りもなく逃げまくる姿を描くという、実話に基づく侍パロディ。詰所で茶道や謡の稽古でヒマをつぶす武士たちを見てへっぴり腰ぶりを嘲笑する辰次が、逆に「町人上がりが」と侍たちからいじめに遭うのが話の発端だ。

 野田版では、ここが赤穂浪士の討ち入り数日後の粟津城内の道場、という具体的な設定になっている。剣術の稽古をしながら四十七士の快挙の噂で興奮気味の仲間の武士たちに対し辰次は、いつまでも人を恨んで仇討ちをする行為を堂々と批判し、「義士はバカ」発言までして総スカンをくらう。いちばんバカなのは短慮の浅野内匠頭だとか、47人の中には、討ち入りも終わるとあっけなく、人生のすべてを犠牲にしたことを後悔してる義士もいるのでは、などと言いたい放題。発言がいちいち的を射ていて、「よくぞ言ってくれました!」と溜飲が下がることこの上ない。

 こうして武士の建前というものを持ち合わせずに武士になった研辰は、結局、その報いを受ける。当事者からは恨まれ捜され続け、野次馬の仇討ち願望の熱狂にも曝され追い込まれて、覚悟など微塵もないままに、自分が研いだ刀で仇討たれてしまう。「敵討ちじゃない人殺だ!」。そう断末魔で叫ぶ研辰の言葉は、四十七士やそれを支持する大衆にも向けられているのだ。

『野田版 研辰の討たれ』

『野田版 研辰の討たれ』
作=木村綿花 脚色=平田兼三郎 脚本・演出=野田秀樹

出演=中村勘九郎、市川染五郎、中村勘太郎、市川中車、
中村七之助、松本幸四郎、中村扇雀
8月3日(日)~26日(火) 歌舞伎座
(問)チケットホン松竹 TEL:0570-000-489

文=伊達なつめ

※InRed2025年8月・9月合併号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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この記事を書いた人

演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカルなど、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、多数の雑誌・webメディアに寄稿。

X:@NatsumeDate
Website:http://stagecalendarcv19.com

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