『新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~』演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんの一押しステージ情報!

新ハムレット

演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、『新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~』をピックアップ。


本家以上におしゃべり!? 太宰流のせりふを楽しむ

 シェイクスピアの『ハムレット』のタイトル・ロールは、演技力とスター性を兼ね備えた若手俳優にとっては、ひとつの目標となるような憧れの役。父を亡くし、そのショックも癒えないうちに、母は父の弟と再婚。実は父は殺されたのでは……という疑念に揺れるデンマーク王子の、複雑な心象と突発的な言動の数々が特徴的で、演出の方向性とキャストの個性により、さまざまな「ハムレット像」が提示されてきた。一般的には、外見はスッとしてるけど、気鬱の病に侵され、家族や彼女のことも傷つけ放題のめんどくさい青年――というイメージがあり、太宰治が『ハムレット』に惹かれたのは、主人公のキャラクターが自分とダダかぶりするからに違いない、と思える。
 『新ハムレット』は、太宰が『ハムレット』の登場人物と状況設定を使って、自由に創作した長編小説だ。シェイクスピアの登場人物はたいていみんなよくしゃべるけれど、この太宰版は、本家以上にみんな雄弁。通常の舞台であれば、観客は人と人との関係や各自の思惑などを、せりふ以外の表情や動きなどビジュアル情報からも感じ取るが、そんな、言葉にはなっていない余白やト書きによる説明部分を、作家の分析力と想像力で、小説の地の文の代わりにせりふにしてガンガンしゃべらせている感じだ。たとえば、ハムレットの恋人であるオフヰリヤ(オフィーリア)は、ハムレットについてこんなことを言う。
 「ハムレットさまに、ただわくわく夢中になって、あのお方こそ、世界で一ばん美しい、完璧な勇士だ等とは、決して思っておりません。失礼ながら、お鼻が長すぎます。お目が小さく、眉も、太すぎます。歯も、ひどくお悪いようですし、ちっとも綺麗なお方ではございません。脚だって、少し曲がっていますし、猫背です。お性格だって、決して立派ではございません。めめしいとでも申しましょうか、人の陰口ばかりを気にして、いつも、いらいらなさっております」
 といった具合に、延々と身も蓋もないハムレット評を展開したりする。太宰の頭の中の『ハムレット』の登場人物たちは、思いのほかコメディ・センスに秀でていて、読んでいて楽しいのも意外といえば意外だ。
 とはいえ、作家自身も舞台化を目的に書いたものではないと断っているくらいで、この登場人物たちのおしゃべり大会的な作品を実際に舞台で上演するのは、容易ではないと想像できる。日本演劇界でもっともメジャーな読売演劇大賞の今年の最優秀演出家賞を受賞したばかりの五戸真理枝と、濃いめのキャストに期待がかかる。

新ハムレット『新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~』

作=太宰 治 上演台本・演出=五戸真理枝
出演=木村達成、島崎遥香、加藤 諒、駒井健介、池田成志、松下由樹、平田 満
6月6日(火)~6月25日(日) PARCO劇場 ※福岡、大阪公演あり
(問)パルコステージ TEL 03-3477-5858

文=伊達なつめ
演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカルなど、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、多数の雑誌・webメディアに寄稿。世界ステージ・カレンダーwithコロナ http://stagecalendarcv19.com

※InRed2023年7月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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