こまつ座『闇に咲く花』演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんの一押しステージ情報!

演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、こまつ座『闇に咲く花』をピックアップ。


亡き人を思う季節に、戦争の記憶に向き合う

 終戦記念日にお盆も重なって、日本の8月は、亡き人との距離が近づく月。懐かしさやうれしさと、つらい思い出が同時に押し寄せて、夢から醒めた時のような切なさと、逃れられない現実の重さに向き合う機会、といってもいいかもしれない。 井上ひさしの『闇に咲く花』は、第二次世界大戦の終結から2年後の1947年夏の話だ。空襲の焼け跡がまだ生々しい東京・神田の神社の一画。神主の牛木が営むお面工場では、夫を戦争で失った5人の女性たちが、明るくたくましく働いている。そこへ、戦死したはずの牛木のひとり息子で、有望な野球選手だった健太郎が帰還する。一同は喜びに沸くが、健太郎をつけ回す不穏な男の存在が、次第に大きくなってゆく――。
 戦争が終わって2年たっても、米軍の爆撃で崩壊した神社の再建どころか、食べる米の調達にも大きな苦労がともない、遠い戦地から復員してくる兵士も後を絶たない、という日常がリアルだ。さらに健太郎は、戦時中に日本の神社が取った態度について、父を厳しく糾弾する。本来神道は、浄きよく明るい心を大切にするのが基本で、けがれて暗いものである「死」にまつわるものは、すべて神社の外に締め出してきた(だから神社では葬式はしない)。ところが戦時中、神社は国家の方針に従い「お国のために喜んで死んできなさい」と境内から出征兵士を送り出し、空襲の犠牲者の死体置き場ともなった。神道および神社関係者はその事実を忘れてはいけないはずで、しっかり詫びるべきだ、というのだ。
 教義に反し軍国主義の片棒担ぎをしながら、戦後それをなかったことにしている神道関係者への痛烈な批判を行い、父をたじろがせた健太郎は、それから間もなく、ある理由で、再び一同の前から姿を消すことになる。 演出の栗山民也によると、井上ひさしは、夢幻能の構造に則ってこの作品を書いたという。夢幻能は、この世に思いを残した死者(や精霊など)が、生者の前に現れてことの経緯を語り、思いの丈を訴えると、夢か幻のように消えてゆくという、室町時代に世阿弥が確立した能の作劇スタイル。2年ぶりに牛木たちの前に現れた健太郎も、もしかしたら、夢か幻だったのかもしれない。それでも彼の登場とその言動は、牛木だけでなく、かかわったあらゆる立場の人々の人生と身上に、影響を及ぼしてゆく。
「過去の失敗を記憶していない人間の未来は暗いよ。なぜって同じ失敗をまた繰り返すにきまっているからね」
 そう訴えた亡き人のことを思いながら、8月を迎える人たちの物語だ。

作=井上ひさし 演出=栗山民也
出演=山西 惇、松下洸平、浅利陽介、尾上寛之、田中茂弘、阿岐之将一、水村直也(ギター)、増子倭文江、枝元 萌、占部房子、尾身美詞、伊藤安那、塚瀬香名子
84日(金)~30日(水) 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA ※愛知、大阪、福岡公演あり
(問)こまつ座  TEL03-3862-5941

文=伊達なつめ
演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカルなど、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、多数の雑誌・webメディアに寄稿。世界ステージ・カレンダーwithコロナ http://stagecalendarcv19.com

※InRed2023年9月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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