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【3月・4月公開映画】放送作家・町山広美が厳選!春休み注目の映画2選!

執筆者:InRed編集部

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

神でも傍観者でもなく
主観を獲得する少女たち

 「それってあなたの感想ですよね」が論破の必殺技とされ、「エビデンスを示してください」の多用を経て、「個人の主観」の苦境が続いている。自分が感じたことを口にするより、誰かに賛同しといたほうがずっと安全。
 
 ところが『アメリと雨の物語』は、「私が感じた」そこから世界って始まるんでしょ、なフランス製アニメだ。原作は神戸で生まれ夙川で幼少期を過ごしたベルギー人、アメリー・ノートンの自伝的小説。他にも三井物産でのO L体験を描く小説など、著作に映画化は多い。
 
 まずはとにかく、色に心躍る映画だ。輪郭線はなく、明るく柔らかいトーンの色だけで人物も背景も描かれる。昭和40年代の日本の暮らしや風景、茶色くしみったれてもいたそれらが、初めての美しさで画面を彩るのだ。その点には、幸運にも日本の観客が最も驚くことができるはず。
 
 アメリが生を受けて、映画が始まる。外交官のパパとピアノを愛好するママの、3人目の子。2歳半まで長いことずっと、摂取して消化して排泄するだけの「チューブ」だったと自分を形容する。だから原作のタイトルは「チューブな形而上学」だ。「形而上学」のほうは、これが「私という存在」について考察する物語だと示す。考察なので、アメリ自身が語るナレーションは子どものくせに理屈っぽい。チューブだった頃を、私は神だったとも言う。無だったし、世界の全部だったし、神だったのだ。
 
 ところがついにある日、「おいしい」を感じて、ビッグバンが起きる。世界が爆誕し、アメリは人間に降格する。2年半の沈黙を破り、泣き、喋り、歩き出す。一口のチョコでついに人生が始まる。我おいしい、ゆえに我あり。「感じる」その地点から、世界が始まる。自分が死んでも世界が続くのは当然だが、私が感じるこの唯一の世界は消失する。私のたくさんの「おいしい」「嬉しい」、主観が私の世界だ。
 
 でも爆誕した世界には、まだ輪郭がない。アメリは、たくさんの「嬉しい」に加え、たくさんの「喪失」を体験していく。例えば、誰かともう会えなくなる。思いがかなわないことだらけ、そして人が社会や歴史の一部分であることも知る。それらがアメリの世界に限界を、輪郭をつくる。全能感は消え、神でないことは明らかになるが、同時に、喪失によって自己が定まり自分が形作られるのだ。
 
 綺麗な色、懐かしくも楽しい子どもの日常を眺めてただけなのに、この映画は、人間を長くやるうち汚れの詰まったただのチューブに戻っていた大人にも、世界と呼応していたはずの人生の起点を思い出させてくれる。

この記事を書いた人

「35歳、ヘルシーに!美しく! 」をテーマにしている雑誌『InRed(インレッド)』編集部。 “大人のお洒落カジュアル”を軸に、ファッションや美容はもちろん、ライフスタイル全般を網羅。公式ウェブサイト『InRed web』ではライフステージの変化の多い世代ならではの、健康、お金・仕事、推し活に関する情報を発信。お洒落で楽しい毎日に役に立つヒントをお届けしています。

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