OSHI-KATSU
【11月・12月公開映画】放送作家・町山広美が厳選!この冬、注目の映画2選!
執筆者:InRed編集部
InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。
言葉に乗っ取られずに
ただただ見つめること
気持ちを言葉で伝えるのは難しい。不特定多数を相手にするネット上なら、なおさらだ。どれだけ私が悲しいかより、相手が「間違ってる」と言い募る方が賛同を得やすい。SNSの広場に出るようになって、人が「正しさ」を持ち出す機会は増えた。
『エディントンへようこそ』はそれぞれが違う「正しさ」の棍棒を振り回す話だ。不快系ホラーの名手アリ・アスター監督の映画だから、とてもイヤな感じの殴り合いになる。ひどすぎて笑えてくる。いや笑えないでしょと怒りだす人も、本国アメリカでは少なくなかった。だがこの映画、監督の意図に反して(?)、混乱する現在の世界で穏やかに息をするための手がかりを見せてもくれるのだ。
パンデミック渦中の2020年。国境を有するニューメキシコ州に設定された架空の町、エディントンもロックダウンされている。保安官ジョーは当地の市長と、マスクをする/しないで激しく対立。怒りの勢いあまってジョーは市長選に出馬、彼自身も町も、とめどなく混乱していく。
マスクは、着火点にすぎない。ジョーが「うさぎちゃん♡」と溺愛する妻には、10代の頃に市長とデートした過去があった。平時ならそれも些細な因縁、着火源になるまでもないこと。
でも、火が付いてしまう。外出自粛の日々にあって、酒場でだらしなく愚痴って顔見知りから「女房の昔にこだわるな、あんたが甲斐性なしだってのは市長とは関係ないだろ」と慰められることもなく、ジョーは自己対峙と孤立に苛まれ、「全部あいつのせいだ」と市長の追い落としに走る。その攻撃
は、ネットを介して町中で乱反射し、分断が誘発されていく。
この映画はエディントンという町に、性善説なぞ通用しないSNSの荒廃を体現させるのだ。助けを求める独り言は放置され、小競り合いが連発、怒りと冷笑が渦を巻く。そこで人々は感情を、政治の言葉でぶつけ合ってしまう。相手の顔を見ずに、下を向いて吐き出す「あいつが嫌い」「私は寂しい」
が、主語の大きい政治的な言説の形を借り、「陰謀だ」「差別だ」「売国だ」と発信される。その言葉が敵を生み、対立が深まる。
「私は正しい」を訴えたかったのですらなく、「自分は悪くない」と認めてほしかっただけなのに、自分が発した言葉、という悪魔に乗っ取られ、対立の業火に身を晒す。ジョーの災難は、ネットの外側の「実」社会が希薄になってしまった、コロナ後を生きる人々、私たちの災難でもある。
この記事を書いた人
「35歳、ヘルシーに!美しく! 」をテーマにしている雑誌『InRed(インレッド)』編集部。 “大人のお洒落カジュアル”を軸に、ファッションや美容はもちろん、ライフスタイル全般を網羅。公式ウェブサイト『InRed web』ではライフステージの変化の多い世代ならではの、健康、お金・仕事、推し活に関する情報を発信。お洒落で楽しい毎日に役に立つヒントをお届けしています。
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