OSHI-KATSU
【10月・11月公開映画】放送作家・町山広美が厳選!この秋、注目の映画2選!
執筆者:InRed編集部
InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。
情報から言葉から離れる
映画の時間に身をひたす
要約がデフォルトになった。事件の記事、会議の議事録、飲食店のクチコミ、どれにもAIの要約がつく。資料の下読みを部下にやらせる社長気分を満喫できるかと思ったら、むしろ「もたもたするな、次の用事をやれ」と急かされるようで、げんなり。
『旅と日々』を要約してみよう。日本映画。監督と脚本は三宅唱。原作はつげ義春の漫画2作、前半は「海辺の叙景」、後半は「ほんやら洞のべんさん」で構成。主演はシム・ウンギョン、韓国出身の映画脚本家を演じる。けれど彼女が主人公かと言えばちょっと違うし、何が起きるか、物語のトピックは何かと整理すると貧弱で、何も伝わりそうにない。要約に不向き、それはいい映画の条件だ。
「海辺の叙景」は、夏の海辺で若い男が若い女と短い時間を共にする話。とはいうものの、太陽のきらめきも出会いのときめきも、不穏の雲が迫って霞み、やがては土砂降りの雨に。原作ではラストのコマが強烈だ。見開き2ページいっぱいに描かれた海の圧迫感、「いい感じよ」という女の言葉のそら恐ろしさ。映画の中の海も、息が詰まりそうだ。こんなふうに撮られた海を見たことがない。女を演じるのは河合優実、美味しくみつ豆を食べたりするだけなのになんだろう、この緊迫感は。細い身体を食い破って魔物が現れそうとさえ思える。
漫画「ほんやら洞のべんさん」で、雪に埋もれたボロ宿に泊まる不運に見舞われるのは漫画家の男性だが、映画では性別も国籍も変更された。「書けなくなってる」状況は同じ、脚本家の李は言葉が自分から離れていくような、もどかしさに悩んでいる。宿の主人べん造はうす汚れたおっさんで、たった一人の客の布団も敷かず、先に寝てしまう始末。料理もろくに出さ
ない。その不足に心休まる気がしてか、もう一泊。するとべん造は、雪と闇しかない宿の外に、李を連れ出した。間の抜けた顛末を経て、漫画は「お前さまはべらべらとよく喋るね」とべん造がぼやいて終わる。映画で李は、言葉と言葉の間、隙間の何かを見出す。
冷たい雪が、柔らかい布団のように感じられてくるのが不思議だ。夏の暗さ、冬のぬくもり。見終わると、皮膚の感覚点が増えた思いで、89分の上映なのにとても長い時間、映画の中にこもっていた気がした。
この記事を書いた人
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