InRed web

サイト内の記事を検索する

OSHI-KATSU

【9月公開映画】放送作家・町山広美が厳選!この秋、注目の映画2選!

執筆者:InRed編集部

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

現実と希望のはざまを
動物たちが行き来する

 中国の神話では、魔物を退治する神が犬を従えている。キリスト教では、鳥が聖霊を象徴する。人間は動物にあれこれ役回りを託してきた。『バード ここから羽ばたく』は12歳の女の子、ベイリーの4日間に立ち会う映画だ。イングランドの港湾都市で、公営住宅に暮らすその環境は荒んでいる。若い父親は、ヒキガエルの分泌液からドラッグの製造を目論む、タトゥーだらけのいまだ不良少年で、知り合って3カ月のシングルマザーと結婚を宣言。離婚した母親も、ベイリーの妹たちを引きとったのにDV男と交際中。そういうDV男を自警団気取りで襲撃する兄貴たちの仲間に入りたいけど、拒否られる。
 
 女の子であることのしんどさ。10代前半で親になる困難、その子どもが抱えこむ苦難。蓄積する貧困と暴力。その只中にあって、見守る大人の目がなくひとりで行動するベイリーの味方は、スマホだ。一緒に目撃して、記憶してくれる。空を撮った動画を部屋で投影すると、落書きだらけの壁を鳥が悠々と舞って美しい。
 
 その鳥が引き寄せたように、ベイリーの前に「バード」が現れる。大人の男だがスカートをまとい、夜の屋上に立つ異様な姿はまるで鳥の化身。縁が切れてしまった親を見つけ出したいという彼は子どもじみて危うく、その願いを手助けしたベイリーは、苦い冒険に身を投じることになる。

 バードは守護天使か、それとも狂人か、そもそも幻なのか。ともあれ、見守られない苦しさに俯いていたベイリーは、バードという存在を経て、ダメな父親のダメなりの奮闘さえも視界に入る高さに、顔が上向く。
 
 そのささやかな成長を祝福できるよう、監督アンドレア・アーノルドは巧みに導く。日本での公開作は少ないが、英国映画の重要な一翼を担う社会派作家のうちの一人で、社会の周辺に追いやられた人々のリアルな描写に熟達。この映画でもうんざりする現実を見据えさせながら、そこにハッとする新鮮な映像を差し入れ、世界に風穴をあけてみせる。壁の空を舞う鳥、都市の灰色の現実に場違いに、幻のように現れる動物たち、バードもそうだ。
 
 それらは異物で、異物が時空を切り裂くようにして召喚するのは別の世界、別の未来という可能性。ベイリーのような環境に育つ女の子には、望まない妊娠をして子育てと男たちと生活苦に振り回される息苦しい人生がお約束だけれど、他の未来もあり得なくはない。バリー・コーガン演じるダメな父親が、カラオケでエモくがなるブラーの名曲がそう歌うように、絶望のうちにも希望は共存するのだ。

この記事を書いた人

「35歳、ヘルシーに!美しく! 」をテーマにしている雑誌『InRed(インレッド)』編集部。 “大人のお洒落カジュアル”を軸に、ファッションや美容はもちろん、ライフスタイル全般を網羅。公式ウェブサイト『InRed web』ではライフステージの変化の多い世代ならではの、健康、お金・仕事、推し活に関する情報を発信。お洒落で楽しい毎日に役に立つヒントをお届けしています。

X:@InRed_tkj
Instagram:@inrededitor

記事一覧へ戻る

KEYWORD

SNS SHARE

  • facebook
  • x
  • hatenabookmark
  • LINE