OSHI-KATSU
【7月・8月公開映画】放送作家・町山広美が厳選!この夏注目の映画2選!
執筆者:InRed編集部
InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。
都会は時間を奪うが、夏休みは永遠に続く
人間の1年は犬や猫の4年以上に相当するというが、若さを失うと、人間の1年なんてあっという間だ。
時間の感覚を変容させるのは、種や年齢だけでもない。『私たちが光と想うすべて』では、「都会は時間を奪う」という女性の声が物語の幕開けを告げる。人口1900万人の大都市、インドのムンバイに生きるさまざまな人が暮らしぶりを語るモノローグと、雑多な街の夜の風景をつづれ織してみせるこのオープニングはリリカルで魅惑的だし、その言葉は映画を貫く視点でもある。時間を、誰にとっても取り戻せない人生の一部を、やすやすと奪うのが都市の生活。刺激的で、絶えず期待を誘発するが、自由は孤立を当たり前に引き連れ、絶望させる時はあっけない。
看護師のアヌは、故郷の親から見合いを迫られているが、この街に恋人がいる。同居するプラバは看護師の先輩、故郷で結婚してすぐ夫はドイツへ出稼ぎに行ってしまい、長らく音沙汰がない。職業意識が高く何事にも真摯なプラバ、快楽に率直なアヌ。いざこざもあるけれど、互いの孤独を思いやることができる関係だ。
階級や宗教によって多くの壁が立ちはだかり、結婚相手を親が決める一方、ムンバイでは既婚女性の単身赴任も珍しくないらしい。経済成長率が世界一の国の最大の都市では、何事にも経済が優先する。金も仕事も集まる場所の価値は上がり、再開発が進み、貧しい者は家を奪われるのが常だ。
同じ病院で働く女性が立ち退きを強いられ故郷へ帰ることになり、理不尽な都落ちに二人も付き添う。夜も明るいムンバイをひととき離れ、下水道も通わないが美しい海辺の村にきて、彼女たちに何が起こるのか。
監督のパヤル・カパーリヤーは86年ムンバイ生まれ、長編劇映画としてはこれがデビュー作だ。ドキュメンタリー出身でオリジナルな話法の劇映画を作り出す女性が近年相次いで現れているが、彼女もその一人。
切なさをはらんでリアルに都市生活者をスケッチする前半は、80年90年代の急成長する台北を活写し世界にファンを得たエドワード・ヤン監督の名作たちを思わせる。社会の重心が農村から都市へ移り、共同体から個人が切り離され、社会と人の様相が大きく変わるタイミングに渦中の都市でしか撮ることができない熱っぽさをこの映画は手中にしている。
村に着いた3人の女が飲んで踊りだす、それだけなのに胸打つ場面をきっかけに、映画はしなやかに転調する。街をとらえていた遠景から、プラバとアヌの体感に焦点距離が変わり、幻想になだれ込み、そしてラストは遠景に戻る。簡素な海辺の夜店、集う女3人、イヤホンで音楽を聴いて勝手に踊る店員。そんなありきたりの風景を、自由を自分のうちにも他人にも守る、尊い姿に見せてしまうのがこの映画の魔法だ。安っぽい豆電球に希望が光る。
この記事を書いた人
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