【5月公開映画】放送作家・町山広美の映画レビュー『サブスタンス』、『クィア』
執筆者:InRed編集部
InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。
もうひとりの「私」が
私に教えてくれること
若い自分。美しく可能性に満ちている、もうひとりの私。それを哀惜に濡れる眼差しで追うか、怒りと嫉妬に血走った目で威嚇するか。
『サブスタンス』のストーリーが後者の方向へ展開するのは予断の範疇。そこからが、この映画の本領だ。
レオタード姿の講師キャラでエアロビクス番組を率いるかつての人気女優が、50歳の誕生日に番組をクビになる。最後の居場所からも排除されたその身に届くのは、再生医療らしき怪しい広告。お試しすると彼女の身体から、若さ溢れる新バージョンの自分が爆誕。旧と新、2体のボディを得て「私」の入れ替えは1週間ごと、が絶対厳守のルールだったのだが。
という導入部は『笑ゥせぇるすまん』的もしも話の定石を踏まえ、ルールが破られ悲惨な展開に突き進むフリは十二分。しかも旧私を全身全体験ぶち込んで演じるのはご本人も80〜90年代にアイドル的人気を誇り、その後は整形を繰り返し話題にされてきたデミ・ムーア。完璧な配役だ。
さらには新私に、若き日のデミとも共演した同世代の女優の愛娘、マーガレット・クアリー。そのZ世代らしい自然体なルックスに、旧私が持ち込む80年代的なギラギラの色使いや着こなし、美術やカメラワークが踏襲する当時の最先端=やたら人工的なセンスとの微妙なミスマッチが面白い。
監督コラリー・ファルジャはフランス出身の70年代生まれの女性。美しさと若さを要求する、いわゆるルッキズムの監獄から女性を解放するため、この映画では笑いと過剰さを武器にしたと取材で語る。旧私が劇薬に手を出すまでに、昔からのメイクやファッションが今の自分に不釣り合いだと思い知る描写は詳細すぎるあるあるが切なく、旧私vs新私の敵対は「20年前の自分がもっと利口にやってれば今こんなにしんどくない」という自分への逆ギレで、人生の不可逆性を痛感させ、どちらも苦い笑いを誘う。
ラスト30分は、過剰と血みどろの大暴走。カルトとして語り継がれる前世紀のホラーやB級SFの影響を披露することを監督は楽しんでいる。女性の解放という文脈を介して模倣やオマージュに終わらせないのが賢いし、男性観客が半ば独占してきたジャンルを奪還してみせるぞな野望が頼もしい。
血みどろと狂気の果ての結末は、旧私と新私が和解したようにも見えるが、そこは承認欲求の焼け野原、「みんな」から愛されたい欲求は空虚に行き着く。この映画ではそもそも男性の登場人物が性欲の対象か成功の仲介者として配置され、人間性が付与されない。誰かひとりに愛されるなんて論外、美が成功のツールとしてのみ価値を持つことの醜悪。だが、デジタル業界で大成功した元オタクの中高年男性が外見のバージョンアップを誇りだし、ルッキズムがマチズモと結託して加速する現状は、映画の結末よりもさらに禍々しく、笑えないとも思う。
この記事を書いた人
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