【4月・5月公開映画】放送作家・町山広美の映画レビュー『来し方 行く末』、『ロザリー』
執筆者:InRed編集部
InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。
ヒゲがない男の憂患
ヒゲがある女の勇敢
誰かを語ることは、自分自身を語ることでもある。自分に世の中がどう見えて、何を大切に思い、何を後悔してるかが反映されてしまうからだ。「自分についてたくさん語ることは自分を隠す手段だ」というニーチェの名言は、逆の方向からそれを証明する。
『来し方 行く末』の主人公ウェンは北京に暮らし、弔辞で生計を立てる男性。彼の地には、葬儀場で披露される弔辞を代筆する職があるらしい。喪主や周辺の人たちを丁寧に取材して仕上げるからか評判がよく、生前に「私の弔辞を書いて」と予約する人までいるほど。最初は、人間観察をしてやろう、とドラマ脚本家の修業を兼ねてもいた。でももう、若くはない。弔辞を本職にするか、決断を先延ばしする日々。
郊外の団地で慎ましく暮らす彼には、寄り添う男性の姿があった。ヒゲのない、つるんとした奇麗な顔立ち。家族か、恋人か、それとも。
ウェンは、弔辞を書くためにさまざまな人たちと交流し、人生を垣間見る。弔辞への、あの人はこうじゃなかったという不満にも真摯に向き合う。事実は「人によって違います」と、誰にともなく呟きながら。大人への猶予期間に生き惑う男性は、映画や小説で繰り返し描かれてきたキャラクターだ。それを、81年生まれでこれまでドキュメンタリーを撮っていた女性監督リウ・ジアインが、自ら書く脚本であえて選びとった。
大都会の北京、コロナ禍が落ち着き始めた頃の設定で、人々は急いでいる。次の成功はどこにあるか、成長に振り落とされないか。その中で、ウェンだけが止まっている。死んだ人みたいに。猛スピードで変化する中国社会で、「普通」の多様さに目を凝らすこと、弱さと善良さを混同しないこと。それは停滞ではなく、抵抗ですらあるのかもしれない。
主人公らしい主人公が書けない、脚本をそうダメ出しされてきたウェンが、自分の人生をどう選択するのか。その答えと柔らかいエンディング曲が示すところとは少々対照的な、この映画についたクレジットの多さが示す中国経済の活』気。そのあたりにも時代を目撃する面白さがある。
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